部族間で言語の違うインディアン社会で、平原のインディアン達は、指を使って会話する「指話法」(手話の一種)を発達させていた。例えば、両手の人差し指を立てて頭に掲げれば「バッファロー」、人差し指と人差し指の先を突き合わせれば「反対の?」といった具合に、これを用いて、何時間でも会話できた。19世紀スー族のアイアン・ホーク酋長は、「大精霊は、白人達には読み書きする力を与え、インディアン達には手と腕で話す力を与えた」と述べている。
平原の部族は、一年を「冬」で数え、バッファローのなめし皮に、中心から渦を巻くように外側へ向かって、一冬ごとにその年起こった重大な事件を絵にして残す「冬数え」という記録物を代々伝える。
西部劇映画などに登場するステレオタイプな平原インディアンは、「ハウ!」と決まって挨拶するが、これはインディアンの言葉ではなく英語である。彼らは白人がいつも言葉の始めに「ハウドゥユードゥー」だとか「ハウマッチ」だとか「ハウアーユー」などと「ハウ」を付けるので、19世紀にこれが白人の挨拶だと誤解したのである。もちろん、現代のインディアンにこういう挨拶をすれば失笑されるだけである。
平原部では戦士が髪を三つ編みにするのは母親か妻の役目であり、彼女らはひと編みごとに祝詞をあげる。三つ編みは顔の両脇に二本、そして後頭部にもう一本編まれ、この後頭部の三つ編みに鷲の精神を憑依させるべくその羽根が編み込まれ、頭に鷲の羽根を立てた、有名な平原のスタイルが完成する。
スー族やブラックフット族に代表される平原インディアンの社会は、高度な個人主義の文化を持っていた。彼らの社会には、今も昔も全部族員が盲従するような「国王・皇帝」的な支配者は存在しない。戦いにおいても、戦士たちはすべて自分の判断や意志で戦うのであって、戦略や戦法を指示し、戦を率いる「ウォー・チーフ」と白人が呼ぶような存在は平原部族にはいなかった。重要事はすべて、完全対等な「文・武」双方を代表する酋長たちの合議で決定した。平原部族には、誰かが誰かに「命令する」という文化はない。
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これを知らない白人たちは、西部に押し寄せた際に、彼らの頂く大統領のような、絶対的な権限を持つ「全部族大酋長(そんなものは存在しない)」と条約交渉を結ぼうとした。しかし、仮に「A」という酋長が白人と何かの約束事に賛同しても、それは「B」や「C」ほかの酋長とはまったく関係のないことであり、部族全体に何ら影響しないものだった。レッド・クラウドなどは、まさに白人が「大酋長」と勝手に決めてしまった存在であって、彼がいかに「ララミー砦条約」などで署名をしたとしても、彼は一介の部族員にすぎず、ましてや合議を経ていない以上、部族全体にとっては何の意味もなさなかった。
19世紀の「開拓の時代」の、白人は「酋長と取り決めをしたのに、部族員が従わない」としてインディアンを、インディアンは「白人には何人代表者がいるのか、無理やり約束をさせておいて来るたびに違うことを言う」として、互いに「嘘つき」呼ばわりするという対立構図の根底には、そもそもがこれら相反する文化の違いがあった。そしてそれは、「グラッタンの虐殺」のように、家畜をめぐる些細な諍いから酋長たちが虐殺されるような悲劇を数々生んでいる。
また、狩猟と交易を生業とした平原インディアンにとって「土地」は「不動産」ではなく、誰のものでもなかった。彼らは獲物を追って常に移動するものであり、ある部族をある土地から追い出したとしても、それは恒久的なものではなく、また和平を結べば共有できるものだった。白人が彼らを一区画に閉じ込め、移動を禁じるという「保留地」の考えは、平原インディアンにとってまったく理解できないものだった。
血生臭いイメージでしばしば語られる平原インディアンの「部族間戦争」だが、実際にはほとんどの場合、馬をめぐっての小競り合いであり、その中で彼らが最も栄誉としたものは、「クー・スティック」と呼ばれる「?」形をした杖で、相手部族員を何回「叩く(フランス語でcoup=クー)」か、だった。こういった「スポーツとしての戦」は、ニューギニアやアフリカの原住民が今もレクリエーションとして行っているものである。見事「クー」を重ねたものは部族で祝福を受け、その数ごとに鷲の羽根を追加した見事な「羽根冠」となって、偉大な戦士を飾ったのである。現在では、「クー」に代わって部族に対する貢献が冠を飾る羽根となっている。
男子が装う羽根冠や化粧は、本来儀式での正装であって、天上の大精霊にしっかりと自分を見知ってもらうためのものであり、戦いのためのものではない。羽根冠や化粧を白人が「ウォー・ボンネット」とか「ウォー・ペイント」と呼ぶのは誤りである。