2009年10月04日

1940年11月2日に日本政府

1940年11月2日に日本政府は、国民服令という勅令(法律の一種)を施行した。その国民服令の中で、男性用の正装の衣服として、国民服を定義した。国民服令は、男性用の正装の衣服以外の衣服については全く言及していない。国民服令の内容によると、国民服には「甲号」と「乙号」の2つのタイプがあった。国民服の甲号と乙号のそれぞれについて、「上衣」、「中衣」、「袴」(国民服令でいう袴は、下半身を覆う服の総称)、「帽」(帽子のこと)、「外套」(「がいとう」と読み、オーバーコートのこと)、「手套」(「しゅとう」と読み、手袋のこと)、「靴」の様式が決められた。上衣と中衣はともに上半身を覆う服である。上衣は、中衣を着た後に重ねて着る服である。上衣は開襟であり、中衣は開襟でない服である。全てのタイプの国民服は筒袖であり、ボタンで布を固定させるので、国民服令の国民服は和服ではない。
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国民服令では、「礼装」をする場合、つまり儀式などで礼服を着る場合は、国民服の様式が細かく定められた。礼装しない場合は「適宜」とだけ指定される部分が増える。国民服の甲号で礼装する場合、上衣、「袴」(形は洋服のズボン)、帽子、外套の全ての色が「茶褐色」と決められた。礼装しない場合の国民服の甲号では、上衣と「袴」だけが茶褐色であり、他の部分の色は「適宜」とだけ指定された。礼装するときは必ず国民服の上衣を着た。国民服の中衣は肌着・下着ではないので、上衣を脱いだ状態でも外出できた。国民服の甲号の帽子は、礼装する場合は、ひさしがついた烏帽子型とされ、礼装しない場合は「適宜」とされた。国民服の乙号の帽子は、礼装する場合は、陸軍略帽型でもいいが他の帽子でもかまわないとされ、礼装しない場合は「適宜」とされた。国民服令によると、国民服は、正装かつ礼服であり、背広を着るような場面で着る服だと決められた。それ以外のときは、国民服を着る義務はなかった。

2009年09月26日

現在の中学校制度は

現在の中学校制度は、1947年(昭和22年)4月に開始された。開始時から3学年の生徒が揃ったが、1947年当初、該当学齢児童の就学が義務付けられたのは1年生のみで、2年生は当時就学義務のなかった小学校高等科1年生からの進級者、3年生は小学校高等科修了者のうちの希望者の編入で、該当学齢児童が義務就学するようになったのは、2年後の1949年である。
この意味で、現在の中学校制度に相当する学校は、旧制(戦前戦中)の学校制度には存在しなかったことになる。

1947年の開始時点では、校舎・敷地は小学校のもの(特に旧高等科の教室)をそのまま用いていたり、旧青年学校の校舎・校地を転用したことも多かったようである。また戦災を受けた都市の場合は当初は焼け跡で授業が行われ、その後戦災復興計画の中で校舎・敷地を得た例もある。さらに、軍用地・軍需工場などが転用されたケースも存在した。なお、現在の中学校設立にあたっては、校舎の建設などに地元の人たちの多大な協力を得た例も多い。
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卒業生のほとんどが高等学校に進学するか、または同等の教育を受けるようになっている。
服装はほとんどの場合、学校指定の制服と体操着があり、それを着用して登下校したり学校生活を送る。その制服には、あまりデザイン性や機能性などは求められない。この意味で、同じ義務教育であっても一部の地域や学校でしか制服制度のない小学校や、義務教育でないが、同じく中等教育機関に位置しているが、制服制度を持たない学校も少なからず存在し、また存在する場合は制服にデザイン性や機能性などを求める傾向の強い高等学校とは違いがみられる。

2009年09月14日

アウトサイド・ループは

アウトサイド・ループは、インサイド・ループと同じ経路を飛行するが、パイロットまたはコクピットは機体が描く円周の外側になる。

機体が普通の上向き姿勢の水平飛行からアウトサイド・ループを行う場合は、下げ舵を、ループが終わってもとの姿勢・高度に戻るまで、強めながら加える。この運動は、機体の上に向く力が累加されるために、「パイロット」は操縦席の天井に頭をぶつけることにもなり、「バント(頭突き)」と呼ばれることもある。アウトサイド・ループは、このように通常と逆方向に揚力を発生させなければならないので、インサイド・ループよりも大きな出力と操舵力が必要である。
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「インメルマン」ターンは、第1次世界大戦のドイツ空軍のエースのマックス・インメルマンにちなんで名づけられた。インメルマン・ターンは世界中のエア・ショウ演目の定番になっている。

インメルマン・ターンを行うには、水平飛行から上げ舵を切り、垂直上昇に入れ、ループを半分(180度)行い、背面飛行にする。そこでロールを半分(180度)行えば、正立の水平飛行に戻ることになる。上記と逆に、はじめにロールを半分行って背面にして、下げ舵を切ってアウトサイド・ループを半分行い、正立の水平飛行に戻す方法もある。どちらのやり方にしても、機体は飛行方向を180度変え、飛行速度を高度に代えることが出来る。

2009年09月02日

妖術

明確に手品ではないという意味合いを持つ。「魔法」以前には「神秘的な力」を示す最も汎用的な語であった。

「魔法」以前から使われていたことから、フィクション等の作品では東洋風の雰囲気を持たせたい場合に用いられることがある。

また妖術の語源が「妖怪が人間を惑わすために用いる神秘的な力(=妖力)を用いる術」であることから、妖術を用いる者は人に在らざる者もしくは人外の類に組する者として邪悪であるという意味合いを持つ場合がある。妖怪を始め妖気、妖言、妖雲、妖星、妖艶、妖姫、妖婦、妖狐、妖魔等々「妖」が付く言葉の多くが悪い意味を持つことから邪悪であるという印象を持たせるというのも一因であろう。

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しかし「神秘的な力」を示す最も汎用的な語としての地位を「魔法」や「魔術」に取って代わられた現在ではともかく、それ以前の古典や文学作品においては、長い歴史を経るうちに悪い意味を失って汎用的な語として使われていたことに注意するべきである。でなければ作品自体の意味が通じない場合すらある。

忍術(視覚トリックと体術と秘伝の科学知識による体系)と並んで時代小説などに登場する不思議の術だが、最終的には光学や催眠術や薬物を用いたトリックが種明かしされることが多い。いずれも最後まで超常的な力として描写されることはない。

2009年08月18日

全国青年問題研究集会

全国青年問題研究集会(ぜんこくせいねんもんだいけんきゅうしゅうかい)は、全国各地の青年団員らを対象として日本青年団協議会(日青協)が主催して開催される事業。近年は毎年3月上旬に東京・日本青年館で開かれている。一般的には道府県単位などで開催される青年問題研究集会(後述)も引っくるめて「青研」という略称で呼ばれている。

参加するためには自分の居住する道府県青年団連合組織(道府県団)の推薦が必要とされる。したがって東京都など道府県団のないところを除いては、直接主催者に申し込んでも原則として参加できない。

参加者は自分たちが行っている青年団活動、あるいは日常の生活について、内容やその問題点などを1000字から2000字程度のレポートにまとめ上げ提出する。主催者は多岐にわたるこれらレポートをジャンル別に分け、テーマが類似するもの同士で分科会を設定する。一分科会の構成人員はだいたい10名前後である。
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「豊かな文化・スポーツ・レクリエーション活動をすすめるために」
祭りなど伝統芸能の継承や合唱・演劇などの文化活動の取り組み、スポーツイベントの運営やそれらのイベントの参加をきっかけに青年団に入団した体験等のレポートが当てはまる。

2009年08月06日

共同危険型暴走族

意図的に大きなエンジン音やクラクションなどの騒音を出したり、何台も車両を連ねて路上を占拠し蛇行走行などを行う形態の暴走族を、共同危険型暴走族という。一般市民を威嚇するなどの暴力的側面も併せ持ち、車両暴走をメインに活動していることを除けば、実質的に海外でいうストリートギャングに近い集団である。

1970?1980年代に大きく社会問題化したこともあり、一般に「暴走族」というと共同危険型暴走族の姿をイメージされることが多い。構成員の多くが少年男子で、女子のみの集団はレディースと呼ばれる。車両改造は、騒音を大きくしたり派手な装飾を施すことに費やされることが主で、かつてはスポーツバイクが主流だったが、近年ではスクーターやセダン型の四輪自動車など多岐に渡る。
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不良行為少年の代表格と見られる事が多く、一種独特な服装や髪型などは、暴走族への所属有無に係らず1970?1980年代の不良少年全般に広まっていた。ブームが終焉した後は通常のいでたちの者も少なくない。主に中学校の不良グループを単位に結成・加入勧誘がなされることから、交遊範囲は出身中学校の上下級生番長グループが中心で、構成員の主要な供給源となる校内粗暴集団に背後で大きな影響を及ぼしている。また暴力団の下部組織として機能、または同団体への加入斡旋の場となるケースも多い。参加は比較的容易にできるが、グループ内に見られる「掟」などのため脱退が難しく、掟を破るとリンチを加えるなどで拘束される。

2009年07月25日

日本で花火が製造されるようになったのは

日本で花火が製造されるようになったのは16世紀の鉄砲伝来以降である。

幕府の御金改役の後藤庄三郎光次の著作(幕府の儒学者の林羅山とする説もあり)とされる『駿府政事録』という日記・政事録によると、1613年に徳川家康が駿府城内で外国人の行った花火を見物したというのが、花火という語で確実に花火が使われたと分かる最も古い記録である。『宮中秘策』(1741年)、『武徳編年集成』にも引用されている。また、古事類苑に、花火の起源や詳細が紹介されており、駿府政事録の記述もある。

1712年(正徳2年)頃出版された和漢三才図会;寺島良安著(江戸時代の図入り百科事典)には、鼠花火、狼煙花火などが紹介されている。
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異説として、1582年4月14日にポルトガル人のイエズス会宣教師が現在の大分県臼杵市にあった聖堂で花火を使用したという記録がある。(『イエズス会日本年報』『ルイス・フロイス日本史』)

1585年に、現在の栃木県藤岡町で、皆川山城守と佐竹衆が戦のなぐさみに花火を立てたという記述もあるが、戦の最中に当時貴重だった火薬をそのようなことに使うはずがないという主張もされている。

2009年07月12日

日本の音楽大学事情

日本において国立大学法人が運営する音楽学部を設置している大学は、東京藝術大学のみである。次いで公立大学としては、愛知県立芸術大学・京都市立芸術大学・沖縄県立芸術大学の三大学である(また現在大分県立芸術短期大学が四年制芸術大学移行に向けて準備室を設置中)。またピアノと声楽のみであるが(音楽学において作曲も専門的に学べる)お茶の水女子大学の中に芸術・表現行動学科 音楽表現コースが設置されている。そして、東京学芸大学や大阪教育大学のように、実質的に音楽大学と同一の教育内容であるゼロ免課程の教育学部を設ける大学も数校存在し、ここから専門の音楽家になる者もいる。単科の国公立音楽大学は日本に於いて現在は存在しないため、狭義では日本の単科音楽大学は私立大学のみとなる。
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入学試験では一般的に以下のような科目が課される

専攻科目試験:一番のウェイトを占める。演奏科の場合、課題曲が指定されていることが多い。
聴音:旋律聴音と和声聴音を行う。どちらかに限定している学校もある。
楽典:基礎的な音楽理論の力を見る。
和声課題:主にソプラノまたはバスのいずれか。和声学の知識。
新曲視唱:初見で楽譜を演奏。歌うことが殆ど。

2009年06月29日

イギリスはフランスとの間で第2次百年戦争とよばれる

1689年以降、イギリスはフランスとの間で第2次百年戦争とよばれる長い対立抗争の時代をむかえ、ヨーロッパのみならず北米やインドでしばしば戦争が繰り返された。イギリスは、この一連の戦いのなかで、

議会の承認により税収のほとんどを軍事費に投入できた
議会が保証するイギリス国債の信用が高く、臨時の資金調達能力もすぐれていた
アンシャン・レジーム下のフランスでは徴税権をもつ貴族が多く、国庫収入が少なかった
などの理由、すなわち国力としては必ずしもフランスに及ばなかったが、戦費調達能力においてフランスのそれを大きく上回っていたために戦争を優位に進めることができたのである。

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そのいっぽうで、イギリスでは大航海時代以来の大西洋三角貿易によって国内の資本蓄積が進み、第2次エンクロージャーによって農村から流入した労働力と「プロト工業化」と称される農村の工業化によって、その産業構造は産業革命の進展を支えるほどに醸成されていた。

毛織物工業などによる資本の蓄積が大西洋三角貿易によって加速すると、マニュファクチュア的工業生産にも技術革新が要求された。ダービー父子のコークス製鉄法やジェームズ・ワットによる蒸気機関の改良などがそれである。また、1764年のハーグリーブズのジェニー紡績機、1769年のリチャード・アークライトの水力紡績機、1779年のクロンプトンのミュール紡績機など、相次いで紡織機の改良がなされた。これらは、インド産の綿花を原料としていた。

2009年06月11日

ソーカル事件(ソーカルじけん)とは

ソーカル事件(ソーカルじけん)とは、ニューヨーク大学物理学教授(専門は統計力学、場の量子論)だったアラン・ソーカル(Alan Sokal、1955年-)が起こした事件。数学・科学用語を権威付けとして出鱈目に使用した人文評論家を批判するために、同じように、科学用語と数式をちりばめた疑似哲学論文を執筆し、これを著名な評論誌に送ったところ、見事に掲載された事件。掲載と同時に出鱈目な疑似論文であったことを発表し、フランス現代思想系の人文批評への批判の一翼となった。

1994年、ニューヨーク大学物理学教授だったアラン・ソーカルは、当時最も人気のあった人文学系の評論雑誌の一つ『ソーシャル・テキスト』誌に、『境界を侵犯すること:量子重力の変換解釈学に向けて』(Transgressing the Boundaries: Towards a Transformative Hermeneutics of Quantum Gravity)と題した疑似論文を投稿した。この疑似論文は、ポストモダンの哲学者や社会学者達の言葉を引用してその内容を賞賛しつつ、それらと数学や理論物理学を関係付けたものを装っていたが、実際は意図的に出鱈目を並べただけの意味の無いものであった。ソーカルの投稿の意図は、この疑似論文がポストモダン派の研究者らによる査読によって出鱈目であることを見抜かれるかどうかを試すことにあった。疑似論文は1995年に受諾され、1996年にソーシャル・テキスト誌にそのまま、しかもポストモダン哲学批判への反論という形で掲載された[1]。これは査読と呼ぶのに十分な作業が行われていないことの証左と考えられ、同誌の編集者は、後にこの件によりイグノーベル賞を受賞している。

「疑似論文」に用いた数学らしき記号の羅列は、数学者でなくとも自然科学の高等教育を受けた者ならいいかげんである事がすぐに見抜けるお粗末なものだったが、それらは著名な思想家たちが著作として発表しているものをそっくりそのまま引用したものだった。この「疑似論文」は放射性物質のラドンと数学者のヨハン・ラドンを混用するなど、少し調べると嘘であることがすぐ分かるフィクションで構成されている。
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その後、1997年、ソーカルは数理物理学者ジャン・ブリクモンとともに『「知」の欺瞞』(Impostures Intellectuelles、「知的詐欺」) [2]を著し、ポストモダニストを中心に、哲学者、社会学者、フェミニズム信奉者(新しい用法でのフェミニスト)らの自然科学用語のいいかげんな使い方に対する具体的な批判を展開した。

この本でソーカル達はジャック・ラカン、ジュリア・クリステヴァ、リュス・イリガライ、ブルーノ・ラトゥール、ジャン・ボードリヤール、ジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリ、ポール・ヴィリリオといった著名人を批判した。 彼らの多くはフランスのポスト・モダニストであるが、これはポスト・モダニストのみが科学知識を乱用している事を意味しない。 ソーカルによれば、ソーカルにできるのはポスト・モダニストの批判だけだったので彼らを批判したのである。他の分野も同様に批判して欲しいという依頼を、その分野の周辺や若手の評論家達から受けることがあるが、『これは我々(=ソーカルとブリクモン)の手には余る』行為であった。

ソーカルのこのような一連の行動に対し、いわゆるフランス現代思想として分類される思想家の多くは「悪意ある悪戯」「学者の最低限の倫理規範を踏みにじった」などと反発した。しかし、ソーカルの真意は思想家が数学や物理学の用語をその意味を理解しないまま遊戯に興じるように使用していることへの批判だった、と後にコメントしている。

なお、ポストモダン・ポスト構造主義の思想家であっても、ジャック・デリダやミシェル・フーコーは、自然科学用語は殆ど使用していないので、ソーカル事件においては直接批判対象になっていない。しかしフーコーは史実の乱用でJ.G. メルキオールらから、デリダは言語の乱用でノーム・チョムスキーやウィラード・ヴァン・オーマン・クワインから似たような批判を受けている。